治療していた歯科医は、ブリッジの調整しかしていませんでした。つまり、歯列全体の噛み合わせは見ていなかった。これでは何度調整しても症状がなくならなかったはずです。
この患者さんの治療をするとき、真っ先に手をつけるべきは奥歯です。ブリッジを調整したり、作り直すよりも先に、奥歯を中心に全体のバランスが良くなるような調整を加えていかなければなりません。
慎重に経過を見ながら調整を進めていったところ、噛み合わせのバランスは良くなり、結果、会話にも食事にも不具合がなくなりました。同時に、頭痛や肩こりが消えました。「足が痛くて冬でもサンダルしか履けない」は「普通の靴が履ける」になり、全身のだるさも治療とリハビリを進めていくにつれて軽減されましたから、諸症状の原因はやはり顎・口腔系のストレスだったといえます。
さらに詳しく話を聞いてみると、歯以外のところにもさまざまな症状が出ていました。
頭痛、肩こり、耳鳴りが起きていたほか、足が痛くて冬でもサンダルしか履けないとのこと。さらには、体が四六時中だるく、食事の仕度をするとクタクタになってしまい、20~30分は横になっている、という話です。
こうした症状について、ご本人は60歳のときに受けた心臓弁膜症の手術のせいだと思っているようでしたが、噛み合わせの狂いが原因である可能性は充分に考えられます。
調べてみると、ブリッジの部分がおかしかったのは言うまでもありませんが、狂いが大きかったのは奥歯のほうでした。合わないブリッジは、前歯だけではなく、奥歯の噛み合わせも狂わせていたのです。
めまいが始まったのは、その4年前だとのこと。つまり、合わない部分入れ歯を入れたのと同時期から、異変が現れていたわけです。
口の中を見せてもらうと、残っていた歯は、上が7本、下が13本。抜けたところに部分入れ歯が入っていたわけですが、上顎右側に入っていた部分入れ歯は、ずいぶん奇妙な形をしていました。中央部が山型に高くなっていたのです。逆に、そこに対合する歯列は、V字型に凹んでいました。
このような不自然な噛み合わせになっていたのは右側だけです。したがって、噛み合う高さは左右でバラバラです。こんな状態ではまともに食事ができなくなって当然です。むろん歯以外のところに悪影響を及ぼしている可能性はあります。
立ち姿をチェックしてみると、右肩が大きく下がっていて、体全体によじれがありました。体がよじれていれば、脳につながる神経が大きく圧迫されますから、おそらくこれがめまいの原因です。
つまり、めまいは体のよじれから起こっている可能性があり、体のよじれは噛み合わせの悪さから起こっている可能性があったわけです。そして、噛み合わせを悪くしていたのは、中央部が山型に盛り上がっている合わない入れ歯でした。
父の場合、咀嚼システムは六五年という長い時間をかけて作られたものでした。これを破壊したのが、合わない入れ歯です。人間には適応能力がありますから、噛み合わせの変化にも、適応していくことができます。合わない入れ歯でも、ある程度は慣れることができる。しかし、適応には限度があります。
合わない入れ歯によって、父の咀嚼システムは少しずつ狂っていきした。やがて適応能力が限界を超え、症状が出てきた。ですから、歯茎の腫れをとり、新しい入れ歯を作っても、根本的な解決にはなりません。狂ってしまった咀嚼システムを、正常なレベルに戻さなければ、また同じようなトラブルが起きる可能性があります。
だからバランスよく噛む訓練をしたのですが、時間をかけて治療を続けていったところ、抜けてしまった毛が徐々に生えてきたのです。
ものを食べるときに使っているのは、歯と顎だけではありません。歯茎や舌、口のまわりの筋肉、顔面の筋肉なども使います。これらを総合的にどう動かすか、という脳の働きも必要不可欠です。つまり、ものを食べるときには、さまざまな器官が複雑に連携しているのです。
この「複雑な連携」を、咀嚼システムといいます。システムというくらいですから、一夜にして作られるものではありません。長い時間をかけて、徐々に作られていきます。歩行運動に喩えれば、ヨチヨチ歩きしかできなかった赤ちゃんが、転びながら歩き方を覚えていくようなものです。
人間は歩くときに「右足を前に出したら、次に左足を出そう」などとは考えません。歩くスピードを変えるときも、怪我をして足が痛くなったときも、無意識のうちに歩き方を変えられます。これは、赤ん坊の頃から「歩くトレーニング」を重ねてきたからです。「右足と左足を交互に出さなければ転ぶ」ということは、実は膨大なトレーニングによって覚えたことなのです。
このように、噛み合わせの狂いは口とは離れた場所にも悪影響を与えるのですが、実際に出てくる症状は、円形脱毛症だけではありません。よくあるのが、頭痛や肩こりです。
筋肉の中には神経や血管が通っていますから、不自然な噛み方によって筋肉が過緊張になると、血管や神経が圧迫されます。これが頭痛や肩こりにつながるのです。同じ理由で、めまいや耳鳴りが起きるケースもあります。
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